**カウナスへ③**

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   ヴィリニュスから焼く103キロ
   第二の都市
  
   カウナスへ


   
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   午前中少し曇っていましたが
   快晴
   本当に空気が美味しい!!
   空が青い!!!!



   
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   途中
   レストランでランチ


   
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   ちょっとコクのあるビール

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   リトアニアの郷土料理
   
   コルドゥナイ

   じゃがいもの厚めの皮に
   ミンチ肉を入れたもの
   サワークリームやソースで頂きます

   以前載せたお料理の小型版のような感じ

    
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   lunchを頂き
   途中Cafeに寄って



   
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   食べてみたかったキノコケーキ


   
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   こちらも美味しそう!!




   
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   先日お土産に買ったバームもありますよ





   
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   美味しそうなお菓子が
   たくさんありました
   食べてみたかったけど・・・ちょっと私には濃厚そう

   ちょっとでも今後悔💦(笑)
   ・・・もう試せませんものね







   カウナス観光



   高級住宅地の中に
   ありました


   第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに追われる避難民たちが
   ビザ発行を求めてここへ押し寄せて来ました






   彼らが命をつなげる方法はシベリアを横断して日本を経由し国外に逃れることしかなかったのです

   杉原千畝はなんとか彼らを救いたいと何度もビザ発行を日本政府に求めますが
   ドイツとも同盟関係を懸念し返事は冷淡なものだった


   千畝は本国の意に背き、自らの両親に従いビザを発行の決意をする


   




   旧領事館の玄関には
   「希望の門・命のヴィザ」と刻まれています
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   やがて欧州で戦火が広がり自分や家族の身にまで危険が迫る中

   連日連夜
   寝るのも惜しみ

   ビザの種類を書き続けました


   退去の当日も

   列車に乗ってからも
   ホームに押し寄せる人々のために一枚でも多く
   一人でも多く命を救えるように


   最後の瞬間まで

   ビザを書き続けました
















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   ヴィリニュスには
   千畝の名前の通りがあったり 
   彼の偉業讃えて桜の植樹が行われています







   日本から本当に遠い国リトアニアの地に
   日本の桜が咲きているなんて
   素晴らしいですね






   見たいですね

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   住居を兼ねた旧日本領事館











   館内には当時のデスクが残されています

   この机で手がしびれて動かなくなるまで
   ひたすらビザ発行の書類を書きました



   椅子に座ってみました

   その場面を想像し
   千畝の思いに心を向けました
   胸に迫るものを感じました
   
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   世界から賞賛される千畝ですが
   日本政府の千畝に対する処遇は冷酷でした



   辞令に背いたということで

   官職を解かれ外務省から追放されたようなものでした




   千畝の名誉が回復したのは日本の自発的なものではなく海外からの要請でした


   千畝の消息を求めるユダヤ人たちが日本政府に何度も粘り強く交渉し
   28年もの歳月が過ぎ
   千畝の場所がわかりました


   千畝は生前にイスラエルに招かれ
   彼が亜発行したビザにより命を救われた人日とと軌跡の再開を果たしたそうです




   













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   千畝の真に人道的で勇気ある行動により

   約6000人のユダヤ人の命が救われたと言われています




   



   帰国後
   時間を見つけて
   映画をもう一度見ようと思いました






   この思いを心にとどめ
   カウナスの駅に向かいましょう







   



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    リがへと車を走らせましょう


    
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   バルト三国二国目

   ラトビア
   RIGAまで
   268キロ
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   夕日が本当に綺麗でした

   



   HOTEL到着は19時半
   お腹すいちゃったね






   つづく



by kurumi127 | 2018-03-27 00:07 | おでかけ | Comments(0)